”モノ” 物質性を通して精神性をみる

投稿 : 2016.12.10

世の中にはあらゆる商品が溢《あふ》れています。それも形となっている商品だけでなく、形のない商品(商材)もある。これらを単純に ”モノ” としてひと括りにした場合、モノに溢れたこの世界で、私たちがモノから学ぶことにどんな意義を見出すでしょうか?

物質性を通して精神性をみる

物質(モノ)は精神の思考から生まれたものである
モノを生み出す精神の思考は2つに分類される。
「金儲け」か、「世の中をよくする」か。
捨てる・捨てないの断捨離の基準はそこにある
あなたの環境を、思考のベクトルが同じ方角を向いているもので満たそう

物質性と精神性

 広く「物質性と精神性」という構図で議論されることがたびたびありました。そして、科学文明の成り立ちをみてもわかるように、物質は私たちの思考というプロセスを経てから、生まれています。

これを逆に利用して、物質性を研究することで、将来の思考の方向性がわかりはしないでしょうか?物質から精神を見るということ。物質と精神と、二元論的な視点はとても狭苦しいけれども、私たちの精神構造を理解するうえではわかりやすいモデルであると思います。地球に存在する有形無形のモノを調査することにより精神の方向性が予期できれば、私たちの未来をよきものに変えられるかもしれないのです。

判断基準

 でも、いきなり普遍的なものを追い求めても仕様がありませんので、身近なモノから考えてみてはいかがでしょうか。

あなたの好きなモノをひとつ取上げてみましょう。そのモノがつくられた経緯、デザイン、性能を調べます。製作者は何を意図してあなたの手の中にあるモノを生み出したのか。考えるとひとつの判断基準が浮かんできます。少々極論になりますが、「金儲けのために生み出されたもの」か、「世の中を良くするために生み出したのか」、この天秤にかけて議論できるのではないでしょうか。

あなたが手に取ったものは、前者と後者と、どちらに重きを置いて生み出されたものでしょうか。あなたなりの結論で構いませんので、ちょっと立ち止まって考えてみてください。そうすると、そのモノがあなたにとってどんな意義を持つのか明確になりはしないでしょうか?捨てる・捨てない断捨離《だんしゃり》の判断基準にもなると思います。

思考のベクトルをそろえよう

 モノにあふれた時代というのは、私たちの思考が自然と鈍ってしまいます。方向性がさまざまで、ベクトルの向きが違うからです。

よく”ウマが合う・合わない”といわれますが、お互いの思考のベクトルが同じ方向成分をすこしでももっていたら、その二人の関係性はよい方向へ働いていくでしょう。

モノを勉強することは精神性を知ることです。精神が充実していればモノにその想いが乗ってきます。あなたの周りに思考の方向性がそろったモノをそろえてみるのも、日々の生活を充実してくれる原動力となるかもしれません。

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